エディ・カンターのプロフィール

エディ・カンター(Eddie Cantor/1892年1月31日-1964年10月10日/男性)は、アメリカ・ニューヨーク州出身の俳優コメディアン・歌手・ダンサー作家。本名はIsrael Iskowitz。1907年にヴォードヴィリアン(アメリカの舞台でショー・ビジネスを行う人物の総称)として舞台に立つようになり、その後ブロードウェイ等でも活躍。1930年代にはラジオ番組等でも活躍した他、1950年代以降はテレビ番組でも人気を博した。日本では「目玉のカンター」として人気を博した他、「カンター」をもじった「勘太」の愛称でも親しまれ、出演映画の邦題に付けられたこともある。エディ・キャンターと表記されることもある。ハリウッド・ウォーク・オブ・フェームでは3つの部門(映画,テレビ,ラジオ)で星を贈られている。

Created April 2, 2018

主な出演作品

  • 『アメリカン・ドリーミング (If You Knew Susie/1948年)』
  • 『ハリウッド玉手箱 (Hollywood Canteen/1944年)』
  • 『アリババ女の都へ行く (Ali Baba Goes to Town/1937年)』
  • 『当り屋勘太 (Strike Me Pink/1936年)』
  • 『百万弗小僧 (Kid Millions/1934年)』
  • 『羅馬太平記 (Roman Scandals/1933年)』
  • 『カンターの闘牛師 (The Kid from Spain/1932年)』
  • 『突貫勘太 (Palmy Days/1931年)』
  • 『ウーピー (Whoopee!/1930年)』
  • 『アメリカ娘に栄光あれ (Glorifying the American Girl/1929年)』
  • 『飛脚カンター (Special Delivery/1927年)』
  • 『猿飛びカンター (Kid Boots/1926年)』

エディ・カンターの名言集

未分類

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一夜にして成功を収めるには
20年かかる。

抜粋・略

私が今日あるのは
すべて妻のおかげである。

少女時代の彼女は
私の一番の友達であり
気弱な私をいつも元気付けてくれた。

結婚後は貯蓄に励み
うまく投資して
一財産を作り上げてくれた。

私たちには
5人のかわいい子供があり
妻のおかげで
わが家はいつも幸福そのものだ。

私が少しでも名を成したとすれば
それはみな妻のおかげである。

抜粋・略

結婚というのは
一人の時には
起こりもしなかった問題を

二人で解決しようとする
試みなんだ。

抜粋・略

ゆっくりと人生を味わおう。
生き急いでいたら
周りの景色を見逃すだけじゃなく

どこに向かって進んでいるのか
そして、その理由までを
見落としてしまう。

抜粋・略

参考文献・出典

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