蛭子能収のプロフィール
蛭子能収(えびす よしかず/1947年10月21日-/男性)は、長崎県出身(生まれは熊本県)の漫画家、イラストレーター、タレント、俳優、映画監督。元々はグラフィックデザイナー志望であり、高校卒業後は地元の看板店に就職。その後、上京し様々な仕事に就きながらシナリオ学校に通う。1973年に漫画雑誌「ガロ」に投稿した作品が入選したのをきっかけに漫画家デビューを果たす。絵は決して上手と言える方ではなかったものの、ヘタウマの作風で独自の世界を創りあげ評価を獲得している。また、劇団東京乾電池の旗揚げに参加し、俳優として舞台やドラマなどに出演。その特長的なキャラクターでも人気を博し、バラエティ番組にも多数出演している。2003年には短編映画「諌山節考」で映画監督デビューを果たす。
Created June 9, 2021
主な著書
- 『認知症になった蛭子さん~介護する家族の心が「楽」になる本』光文社
- 『復刻版 私はバカになりたい』青林工藝舎
- 『復活版 地獄に堕ちた教師ども』青林工藝舎
- 『蛭子能収のゆるゆる人生相談』光文社
- 『笑われる勇気』光文社
- 『ひとりぼっちを笑うな』KADOKAWA
- 『パチンコ 蛭子能収初期漫画傑作選』KADOKAWA
- 『馬鹿バンザイ』青林堂
- 『蛭子能収の人生日記』青林堂
- 『死んでも笑へ!!』青林堂
蛭子能収の名言集
「どん底でも、悩まない練習 」幸せは、 いつも自分の心が決める/稲盛和夫、池江璃花子、松山英樹、脱ネガティブ、心理テク、マインドフルネス、自律神経…… (プレジデント2021年 6/4号)より
仕事なんてものは
そこに「生きがい」を求めるから
悩むと思うんだよね。手を抜くことが
その人にとっての「美学」
であるならば、それでいい。抜粋・略
オレの口癖はみんなが言うには
「ま、いいか」らしいんだよね。たしかに死の危険さえないのであれば
大抵のことは「ま、いいか」で解決します。抜粋・略
未分類
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僕は絶対に人に反発しないし、
相手の言うことも聞きます。そんな中で
自分のやりたいことも、
何となく表明したりする。そうすると
助けてくれる人がいて、
夢の実現につながっていく。ずっとそうやってきた
気がします。抜粋・略
プライドを持っている人は、
かっこいいと思いますよ。ただ、プライドを高く
持ちすぎていると、
それをへし折られた時、
ショックがものすごく大きい。自分をよく見せようと
カッコつけるのも同じで、背伸びすればするほど、
失敗した時に
受けるダメージが大きい。抜粋・略
努力すればいいだけ。
オレってダメだなぁ…
と頭をかきながら、
漫画を描き続けています。抜粋・略
人間って誰かを幸せにしたり
喜ばせるために生まれてくると思ってるんですよ。一番身近な誰かって、
結局は家族でしょう。女房は俺を幸せにするために生まれてきた。
そして俺は女房を喜ばせるのが運命だった。
そういうことではないですかね。抜粋・略
夢を追いかけ続けるのはいい。
でも、生活するためのお金は
どこか別で稼がなくちゃダメだ。要は、衣食足りてこその夢の追求なのだ。
実際、オレはそうやってここまできたが、
オレにとっては
家族が人生最大の喜びだったから辛くなかったし、
働きながら夢を追いかけるオレのことを、
家族も応援してくれた。仕事が苦痛で、毎日がつまらないと感じていても、
『お金のため』と割り切れば、
そんな悩みは半減するはずだ。抜粋・略
占いに頼る人は、
自分の頭で考えない人。抜粋・略
仕事関係者からしか
電話がかかってこないというのは、
きっと真面目に働いてきて、
家庭も大事にしてきた証しでしょう。
それはとても立派なことじゃないですか。抜粋・略
お金がないと
心は廃れる。抜粋・略
仕事は一生懸命やる。
その結果として得られるお金と自由を楽しんで使う。
この点は一貫していると思います。抜粋・略
みんな、嫌われるんじゃないかとか、
友達だからとか、考えすぎです。
他人にどう思われたっていいじゃないですか。抜粋・略